久しぶりに、以前に住んでいた場所の近くにあるFry'sという巨大なエレクトロニクス販売店に行ってみようかなと思って、検索をすると、なんと「廃業」と表示されていた。
この店には、CostCoに勝るとも劣らない売り場面積に、コンピュータ関連から大型・小型家電、DVD、電子部品、工具、スナック類まで、揃っていた。ちょうど、ドット・コム・バブル(90年代後半|インターネット・バブル)の時代には、週末、平日を問わず、いついってもたくさんの人が訪れ、キャッシュ・レジも10~20くらいあって、行列も絶えなかった。
近くに住んでいるときには、よく訪れていたものだが、今の場所に引っ越した後は、なかなか行く機会も少なくなり、行くとしたらシリコンバレーに近いところにある別の支店のほうだった。その別の支店は、ある時、帰り道によってみたときに、閉業しているのがわかって、軽いショックを覚えたことがあったが、まさか全店舗を閉業したとまでは、知らなかった。
先日も、近くの大型書店が来年早々に閉業することを、別のところで書いたばかりだった。いつもおなじ買い物の傾向でいると、自分の関係のない業種や店で起こっていることには疎くなってしまいがちである。
最近は、まとめ買いできるものならCostoCo、少し小さめのパッケージや野菜・果物類はTrader Joe's、東洋系のものならRanch 99や近くの「Yaoya san」(日系スーパー)、有機食品と思ったらWhole Foodsか近所のNatural Food Grocery、という具合に買い物パターンがきまっていて、どこもわりと繁盛しているようなので、この全体的な流れに気が付かずにいたようだ。
小売業の衰退
この大きな流れを「リテール・アポカリプス|Retail Apocalypse」(小売業の黙示録)というらしい。アポカリプスというのは、聖書66巻のいちばん最後の巻に出てくる内容のことである。
インターネットやオンライン販売の台頭・普及にともない、それ以前(十数年前)には、この店は絶対につぶれるはずがないと信じきっていた店がどんどん消えつつあり、廃業や縮小を余儀なくされている。
新技術の登場は、すべての人・会社にとって便利で有益なものとなることが期待されていたが、実はそうではなかったようだ。
また、消費行動の変化も影響しているらしい。オンラインで買い物をするようになっただけではなく、いわゆる「モノ」への消費が減り、食事や旅行にお金を使う人が多くなったこともあるらしい。
以前(一世代前)であれば、週末や、特にクリスマスのショッピングといえば、郊外にある大型モールこそが人の集まる場所であったが、いまはどこにも出かけなくても、いつでもすぐに配達してくれるのだ。
近くにあるショッピングモールなどは、改装の予定でいったんクローズしたが、再オープンすることはなかった。
実店舗にはモノがない時代
こうして時代は移り変わっても、私自身としては、「できるだけ地元で、実物を見て、(少額であれば)現金で」の買い物をしたいと日頃考えている。ところが、それもだんだんと難しくなってきたことを感じる。
近くの店になければ、隣町にある店まででかけたりするが、最近は店にモノを置いていないケースが増えてきた。
多くの大型店がオンライン・ショッピングも併設したりしているが、オンラインで調べてほしいものが見つかって、店に出かけて行っても、大抵の場合は店内にはおいていない。その場合の仕組みとしては、オンラインで注文すると、モノによっては、指定した店舗で、1時間後には店頭ピックアップが可能なものがあったり、数日後に店に届くものがあったり、である。もちろん、家への配達ができる場合も、そうでない場合もある。
とにかく、思いつきで店にいっても、目当てのものは店頭ではなく、どこか(近く|遠く)にある倉庫のなかにあるようなのである。
往年のカタログ販売
あれこれと思いをめぐらせているうちに、100年ほど前にSearsという百貨店が発行していた分厚いカタログのことが思い浮かんだ。カタログ・ショッピングの草分けである。「シアーズ、カタログ」などで検索すると、昔のカタログの画像がどんどん出てくる。百科事典に匹敵するくらいの「買い物情報誌」で、いろいろな商品について詳しい説明が載っていた。アメリカの古き良き時代を思わせる。
今の人たちは、オンラインでモノを探して買い物をするが、ずっと昔の人たちも、送られてきたカタログを見て、あれこれと買い物をしていたのだった。
その後、(推測でしかないが)テレビや電話の登場・普及によって、テレビ・ショッピングやテレフォン・ショッピングにとってかわられたのだろう。それが今、オンライン・ショッピングに移り変わっただけとも言える。
この先、新しい仕組みができれば、また世の中は移り変わっていくのだろうか。